「お前さんは知ってるかい?
人と本には、出会いってもんがあるんだ」
重い現実から逃げるように飛び込んだのは古びた本屋だった。
入店早々に店主から一冊の本を手渡される。
「人と本が出会うっていうのは、人が人と出会うのと同じなんだ。
存在さえ知る機会のない本もあれば、偶然の出会いによって人生を大きく変えられることもある。
君も、そんな本を探しに来たんだろう?」
「え、と。……あの僕、お金……、持ってないんです」
出来れば知られたくはない事柄だった。
きっとまた、追い出されてしまうだろうから。
そう思っていたが、帰ってきた言葉は意外なもので、思わず店主と目を合わせた。
「たくさん本を読んで、たくさんのことを知るんだ。
そうすれば、自分がこれからどうしたいか、何をすべきなのか。見つかるかもしれない。
ここにある本なら好きなだけ読んでいってくれて構わないさ」
「……」
「よかったらお前さんの弟も連れてくるといい。歓迎するぞ」
「え、弟を知ってるんですか?」
「毎日毎日店の前を通っているだろう?仲の良い兄弟だってずっと思っていたんだよ」
「お前さんも、お前さんの人生が変わるような一冊に、出会えると良いな」
そう言って笑う店主は、僕が今まで出会った誰よりも、優しい表情をしていたのだった。